内側からの視点

「日本人が見たいアフリカではなくて、アフリカ人が伝えたいアフリカを知り、それを伝える努力をしたいと思う。」(根本利道著『タンザニアに生きる―内側から照らす国家と民衆の記録』より)

飢餓、貧困、人口問題、人権・・・これまで、多くの人が、それぞれが“見たいアフリカ”を胸に、ここタンザニアを訪れ、そして去っていった。最近では、これらの問題に加え、ジェンダー、HIV、生態系、気候変動といったところか。さしずめ私も、そうした大勢の“通りすがり”の一人に過ぎない。

1980年代には、黒柳徹子がキリマンジャロを訪れ、“体重を感じさせない子供”を抱いて、マスコミのインタビューに応じた。しかし、キリマンジャロ州はタンザニアで最も豊かな地域の一つで、差し迫った飢餓の状況にはない。インタビューに合わせ、マスコミ映えする子供を孤児院などで一生懸命探した、という話さえある。

こうした捏造に近いやり方は論外としても、“自分たちが見たいアフリカ”だけを投影する欺瞞は、無邪気な善意の中にさえ潜んでいる。国際協力キャンペーンの背後にある「かわいそうなアフリカ」「助けてあげなくてはならないアフリカ」という固定観念から、母親が幼子を諭す際の「アフリカには何も食べられない子供がいるのよ」という決まり文句まで・・・。もちろん、アフリカに飢餓や貧困の問題が存在することは事実であり、それを何とかしたい、という見方が間違っているわけではない。まして、そこに悪意があるわけでもない。

しかし、そうした“外側”からの視点とは別に、“内側”からの視点というものも存在する。

この本の著者、根本氏は、本のタイトルどおり、30年近くをタンザニアで生きてきた。

初めて訪れたのは1975年。「世界史の中におけるアフリカ史の欠落という問題意識から入り、その過程でアパルトヘイトに対する闘いに共感」したという。恐らくその頃は、氏も、熱い志を抱く“外側”の人間だったのだろう。その後、1986年にダルエスサラーム大学に留学。インフレや物資不足の中で荒む人々の心に、「アフリカ人とはなかなか友達になれないのではないか」という冷めた思いさえ抱きつつも、1990年代にはダルエスで旅行会社を立ち上げ、スタッフをはじめとするタンザニアの人々と正面から向き合い、敬意と愛情とをもって、ともに生きてきた。

1975年からの手記をまとめた本書には、その時々の根本氏の体験、思索、探究が生き生きと綴られている。1980年代の黒柳的な“飢餓キャンペーン”や映画『ダーウィンの悪夢』を現地の人々がどう受け止めたか、日本人との間にどのようなギャップがあるのか、などの考察も興味深い。

アフリカやタンザニアを少し違った視点で見てみたいという方は、ぜひご一読頂ければと思う。

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