政府基準と安全・安心

先日、うちの研究所のワークショップで、ハーバード大学の博士課程のNicolas Sternsdorff Cisternaさんのプレゼンを聞いた。ニコラスさんは、福島原発事故以降の日本の食の安全について、社会人類学の観点から研究している。

「安心」と「安全」が必ずしも一致しないのは有名な話だ。
一般には、
 安全・・・客観的、科学的的
安心・・・主観的、感情的
と言われている。

彼の発表で面白かったのは、原発事故以降の「安全」と「安心」の具体的な関係性と、その中での“政府基準”の使われ方だ。

事故以降、スーパーの食品売り場には「政府基準より◯%低い」という宣伝文句が並ぶようになった。普通に考えると、政府基準こそが客観的・科学的な「安全」の指標なはずだが、事故以降、むしろその基準からなるべく遠く離れることが「安心」の証明となってしまった。つまり、政府が「科学的に見て◯◯以下は安全」と言えば言うほど、人々はその数字から遠く離れることで「安心」するようになったのだ。その背後には、言うまでもなくシステムに対する信頼のゆらぎがある。

そのような構造があるにもかかわらず、人々に向かって政府が「科学的根拠」を説いても全く逆効果である。政府がとるべき戦略は、「科学的根拠」を声高に叫ぶことではなく、政府やシステムに対する人々の信頼性を回復し、「安全」と「安心」の上記のような関係性を変えていくことであるはずだ。

興味がある方はぜひURLの記事と動画を見て頂きたい。

http://news.harvard.edu/gazette/story/2013/03/with-radiation-worries-about-food/